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2016年8月28日 (日)

24時間テレビを見て思うこと。

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昔、僕が大学病院で勤務していた時のことだ。

 

その女の子はある日僕の病棟にやってきた。

高校生だったその子は生まれつき全盲だった。 

 

 

担当ではなかったので「いるな」くらいには知っていた。

 
 

ある夜のこと。

病棟で仕事をしていると、その女の子がナースステーションにやってきて「タオルを返しに来ました」という。

 
 

消灯時刻をとっくに過ぎていたので病棟の廊下はもう真っ暗だ。
気を利かせて僕はその女の子にこう言った。

 
 

「お部屋まで連れて行きましょうか?こんなに暗いから」


 

「大丈夫です。私ずっと目が見えていないですから困っていないんです。」

 
 

その一言は衝撃だった。
僕はこの子は目が不自由できっと困っているに違いない、と決めつけていたから。 

 

そうか、この子は生まれつき見えてないから見えないことを困ったと感じたことがないのか。


 

「障害がある人=困っている人=あわれな人」
という図式を勝手に作り上げていた自分が少し恥ずかしくなった。


 

手足がないと不自由そうだ、目が見えなければ不自由そうだ、かわいそうだ、と目が見えて手足が普通に動く僕らはついそう解釈してしまう。

 

なぜか。それは僕らが勝手に彼らを「不自由であわれだ」、と決めつけているから。

 

決めつけるのはなぜか。ハンディキャップのある人は不自由で不幸そうだ、そう教育されてきたから。あるいはそのような情報を見せつけられてきたから。

 

24時間テレビはその最たるものだろう。
今年は病気で目が見えなくなった先生を題材にして感動の(しやすい)ドラマを作っていた。

 

その盲目の先生は感動を売るために存在しているわけではない。

 

どこの誰とも一緒でただ一生懸命やっているだけだ。

 

障害者でもダラダラしている人もいれば一生懸命やっている人もいる。健常者と言われる人と同じ割合ちゃんといる。

 

障害がありながらも一生懸命やっている姿から「感動」を得る、なんていうテレビ番組が30年近くも存在し続ける理由は、健常者が勝手に、障害のある人=「みじめな人、かわいそうな人」というイメージに作りあげているからじゃないかと思うのだ。 

 

年に一度じゃなくってもっと定期的に障害者を深く取り上げる番組にしたらどうなのか。そうすれば障害とはみんなの感じているあわれなイメージじゃなくて「単なる個性」だということがわかると思うのだ。 

 

ちなみにNHKはもうやってる。

 

少々ひねくれているかもしれないが24時間テレビはハンディキャップのある人を使って健常者に感動を売るという悪しき伝統に成り下がってはいないだろうか。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 


病棟の話の続き。

 

僕の案内を丁重に断った盲目の女の子は、夜の真っ暗な病棟の廊下を杖も使わず、まるで全て見えているかのようにスタスタと歩き、自分の部屋の前できっかり曲がり、正確に自分のベッドへと戻って行った。

 

目が見えない代わりに素晴らしい空間把握能力が備わっていたのだった。

 

僕が障害者を「あわれな人」だと思わなくなった出来事だった。

 

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